NOT A HOTEL、SANUなどのランドスケープデザインを手掛ける造園家、天野 慶(Kei Amano)にとっての“こだわり”を深掘り | YardWorks/ヤードワークス





毎朝飲む一杯のコーヒーに手間暇をかけたり、自宅を植物で飾ってみたり。人びとはなぜ、こうした時間やしつらえに対して魅力を感じ、探求するのか。ただリラックスしたいだけじゃなくて、その先にはもっと大きな理由があるような気がして。そのヒントを探り言語化するため、各ジャンルの先達に教えを請うインタビュー企画。話を聞いたのは、ランドスケープ・アーキテクト・デザイナーで、庭師の天野 慶さん。これまで多くの場と間を植物で彩ってきた空間づくりの専門家は、コーヒーカップを傾ける時間にどのような意味を見出すのか。
各界のクリエイターが注目する、新進気鋭の職人
山梨県を拠点に活動する組織「Yard Works」の代表・天野 慶さんは、これまで国内にハイエンドな別荘を提供する「NOT A HOTEL」やライフスタイルブランド「SANU」を筆頭に、錚々たるプロジェクトに“庭師”として参画し、エクステリア、ガーデニング、空間プロディースを行ってきた人物。自身で手がけた笛吹市にあるコンセプトストア「THE SOIL」では、天野さんがキュレーションした多種多様な植物や器をはじめ、各シーンで活躍する作家とコラボレーションをしながら制作するオリジナルのアパレルラインを展開するなど、庭師の枠を超越した活動が注目を集めており、国内外のクリエイターからの視線も熱い人物として知られる。







今回、天野さんとともに訪れたのは、山梨県甲府市の山間にあるワイナリー「98WINEs」。富士山と甲府盆地という雄大な眺望が望めるこのワイナリーもまた、庭師である天野さんが外構を手がけた作品のひとつ。ワインづくりを行う「鉄の塔」、瓶詰めなどの作業場となる「石の塔」、そして事務所、カフェ、店舗のある「木の塔」、3つの建物からなるこの施設のなかでもとくに目を引くのが、屋根部分がテラスのような構造になった「石の塔」。毎年秋になると収穫された葡萄が美しく並べられるというこの場所で、天野さんはそのこだわりを教えてくれた。


場の魅力を活かし、真心と植物の力で空間を彩る美学
「ここはもともと公民館だったんです。地域の人びとの交流の場であったこの場所を、ワイナリーとしてまた人びとが集まり、新たな文化が生まれる場所にしたいというオーナーの思いを汲みながら手がけました。外構においてもワイナリーとしての個性をきちんと作り込み、スタッフの重機やお客さんの歩く動線、建物まで上がってきたときの全体の見え方も大事にしています。駐車場や前庭にはパンパスグラス(シロガネヨシ)を配置して季節ごとに風景が変わるようにしたり、シルバーや茶色の葉を組み合わせることで特定の色を際立たせる工夫をしていたり。この場所の風景のディテールを切り取っただけでも絵になる、何度も訪れたくなる場所。そんな工夫を随所に散りばめています」


四季を通じた変化はもとより、一日の時間の経過や天候の変化においても、さまざまな表情の移り変わりを見せる天野さんの作品。まさに“植物で描く”ように彩る空間づくりを行う独自のスタイルにはこれといった呼称がなく、「◯◯風」とも表現し難いのが特徴。「和洋さまざまなスタイルの“いいとこ取り”だから出せる味がある」と語る氏の背景にもまた、独特な美学が交錯する。
「植物をミックスしながら空間をあしらうのが好きなんですよね。和風には和風の、洋風には洋風の良さがあるので。だからそれぞれの持つ魅力を抽出し再編集して、自分のジャンルを作ることを意識しています。現代のもの、過去のもの、この地域にあるものを組み合わせて、見たことのない新しい感覚を生み出す。そのためには感性だけじゃダメで、クライアントを知り、場所や地域を知り、扱う植物や素材を知り尽くすという、まさに予習の連続のうえで成り立つものなんです。動機も自分にしかできないクリエイティブなものを生み出したい、みたいなエゴもなくて。自分で言うのもおかしいですが、言葉にするとすればシンプルに“真心”ですね(笑)。結果的にクライアントや訪れる人が喜んでくれればいいな、っていう自然な気持ちで動いています」




「大地を耕し、モダニズムとクラシカルを寄せ植えた庭文化を造成」
自身のジャンルを追求する天野さんのインスピレーションの源も多岐にわたる。モダンなアート建築の写真集から植物が描かれた浮世絵の作品集、漫画作品まで、さまざまなコト・モノに触れながら構想を膨らませる。
「江戸時代の浮世絵にサボテンが描かれていたりするの、知ってました? この頃から日本人って多肉植物育ててたのか、なんて学びがあったり、先人たちの絶妙な色使いを浮世絵から知れたりして。そういう感覚をモダンな空間に融合させることで、ある種の化学変化というか、見たことのない新しい空間を生み出すヒントにもなることがあるんです。温故知新ってやつですね」
固定概念に囚われない自由な作風を模索・追求してきたそのスタイルは、天野さんの師匠であるガーデニングの先生がガウディの写真集をアイデアソースにしているのを目の当たりにしたことに起因。幅広い目線でものごとを捉えるスタンスは、独り立ちをして17年の年月が経った今も変わらず。そこから得たものを元に、造園業界にある常識にとらわれず、自由な発想で植物を配置し、美しいビジュアルへと昇華することを追求してきた。


「ある意味で独自路線を突っ走ってきてしまったので、仕事におけるスタンスを伝えるのもなかなか難しいところがあって。だからスタッフたちのためにも自分の考えを言語化する必要性を感じて、2年ほど前に会社のビジョンを作りました。『大地を耕し、モダニズムとクラシカルを寄せ植えた庭文化を造成』というもので、このビジョンには現代的なデザインを好む一方、昔ながらの日本庭園や土地の歴史・伝統にも敬意を払い、その融合を自分たちなりのスタイルとして表現していこうという意思を込めています。庭文化を広めるためにもあえて『造成(土地の地形や質を整え、住宅や商業施設などの建設が可能な状態にすること)』という言葉を据えていますし、今も自分は庭師として仕事をしているわけですが、領域は庭だけでなく、建物やその上にある空、建物の先に広がる風景や変化する事柄まで、空間にかかるすべてに対して意識を向けるよう心がけています。植物は変化するものですし、それを用いて空間を築くということは、ある意味で完成形のないものなので」
「庭や植物のおもしろさは、その成長過程が見えること」、とも語る天野さん。手をかけることで動き、ときには枯れることもあり、成長すれば嬉しいのが、植物の魅力。それは自宅で育てる観葉植物でも同様に、手をかけることで、自信に対する学びや癒し、インスピレーションをもたらしてくれるところが人びとの心を惹きつけるのでは、とも。
コーヒーカルチャーと、職人の「段取り八分、仕事二分」
「植物と音楽をクロスオーバーさせて、部屋で好きなレコードを聴きながら植物を眺めるのも良い時間ですし、楽しみ方に正解なんてないんですよね。しいて言うなら、その楽しみを見出していくのが楽しみなわけで。“楽しい”を拡充するために植物について調べたり、それについての本を読んだり、その知識をひとと共有するのもまた楽しいじゃないですか。そこはコーヒーと似ていて、コーヒーを起点に楽しみのサイクルを生み出す感覚が人を魅了するのかもしれません」
こだわりの豆を手に入れ、お気に入りの道具で丹念に挽いてドリップするコーヒータイムや、生活に緑を取り入れ手間暇かけて育て、鑑賞する時間。こうした背景にある時間や行為に対して、天野さんは職人さんたちのあいだでよく使われるということわざ「段取り八分、仕事二分」と似ていると教えてくれた。



「入れ方も飲み方も雑だし、豆について詳しくないけれど、コーヒーは大好き。自分で淹れて毎日飲んでいます。自分がなぜコーヒーが好きなのかを深掘りして考えてみると、コーヒーそのものを飲むというより、わざわざ豆から淹れる時間とか動作が好きなのかも。打ち合わせの前にスタッフを待たせてでも必ず自分が淹れますし、5分程度のことですけど、一連の所作というか、香りも含め五感が刺激されているあの時間に、ちょっとした癒しみたいなものを感じるんですよね。淹れているあいだだからできるスタッフとの雑談なんかも、“いまならケイさんに相談できそう”みたいな隙というか、会話の糸口を作る機会にもなっていると思う。コーヒーを飲むための、いわば“段取り”ですよね。『段取り八分、仕事二分』ってやつ。このことわざは、仕事の質は80%の段取りで決まるという意味ですが、コーヒーも庭づくりも、その“段取り”にこそ美学が詰まっているのかも。“コーヒー”はあくまで入口であって、深掘りしたり、それを通じて人とのつながりができたり、お茶会的な場を生み出したり、ときには自分にとってのアイデンティティにもなる。ひとによって違うさまざまな可能性をはらんでいるところが、最大の魅力なのかも」

山梨県甲州市塩山にある、甲州ブドウに特化したワイナリー「98WINEs」。山梨を舞台に、ワイン醸造家として40年のキャリアを持つ平山繁之氏が手がけるこの施設では、従来のワイン製造から極力工程を削ぎ落とした、シンプルな醸造方法を追求。機械を用いずに重力を活用した「グラビティ・フロー」と呼ばれる製法を駆使し、素材にストレスをかけずに個性を引き出す、やさしい手法でワインを作っている。近隣にはクラフトビールの醸造所に宿泊施設を併設したブリュワリー「98BEERs」もある。名称の「98」には、さまざまなコラボレーションを通じて、98を「100」「200」にしていきたいという思いが込められている。
ワインづくりを行う黒い外観の「鉄の塔」周辺は、オーナーの「ワイン樽を積んだフォークリフトをスムーズに旋回させたい」というオーダーを受け、ループ状のアプローチを採用。公民館であった「木の塔」に向かう石積みの傾斜は、もともと使われていたエントランスへの通路を活用したもので、作業場のある「石の塔」と比較して数メートルの高低差が生じる。この段差をうまく生かし、ワイナリーを訪れた人もスタッフにとっても、双方が巡回しやすい動線を確保するとともに、機能性とルックスを兼備した建物に仕上げられている。敷地内にはセイヨウニンジンボク、ダイオウマツ、パンパスグラスなど、和洋さまざまな植物がアクセントとして植えられ、それを彩るように多肉植物が随所に点在。天野さん曰く、「過保護にせず、同線に対してあえて雑多に見える植えかたをすることで、場に馴染み、一体感を生む」という。
天野 慶/Kei Amano
ランドスケープ・アーキテクト・デザイナー、庭師、株式会社ヤードワークス代表
1977年・山梨県生まれ。大学を卒業と同時に半導体メーカー、リフォーム会社に勤務。26歳のとき、母親を介して知り合ったイングリッシュガーデン専門の師匠との出会いをきっかけに、ランドスケープ・アーキテクト・デザイナーとしての道を歩みはじめる。2007年に独立し、2019年に株式会社ヤードワークスを発足。個人住宅から大型商業施設、ホテルまで、多種多様な施設の空間を植物で彩る。