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料理人・鳥羽周作が追求する”sio”の五感の体験|食・空間・コーヒーの哲学と設計思想

こだわりのコーヒー豆、ツール、愛用のマグをそろえて、いつもより時間をかけてゆっくりと挽き·淹れた一杯のコーヒーとじっくり向き合う自分だけの時間。または、お気に入りの植物やインテリアに囲まれ、日々手入れを嗜みながら空間づくりに励んだり、大変な思いをして山を登り雄大な景色を眺めてみたり。誰かに見せるわけでもなく、強要されたわけでもなく、時間とお金と労力をかけてまで、こうした時間やしつらえを追求してしまうのだろう。そうした時間や行為に名前をつけるのなら、なんと呼べばいいのだろう。そのヒントを探り、言語化するためのリサーチインタビューに今回答えてくれたのは、料理人·鳥羽周作さん。美食のプロが考えるコーヒーの魅力、そしてその裏側にある、人びとを魅了することがらについて質問してみた。

“センスいい人の溜まり場”がつくりたくて

取材で訪れたのは、「sio AOYAMA」。代々木上原にある人気のレストラン「sio」を主宰する料理人·鳥羽周作氏が展開するプロジェクトのひとつで、「素材そのものの良さを最大限に引き出す料理」と「五感で楽しむ体験」を重視したメニューは、素材の選定から調理、仕上げの一皿まで独自の美学が反映されており、そのクオリティの高さから多くの美食家が足繁く通う話題の店。そして、注目すべきは上質なアイテムを扱うセレクトショップのような店内の雰囲気。木の温もりを基調とした北欧調のしつらえのなかに、ストリートカルチャーを感じさせる程よいスパイスが散りばめた、鳥羽氏の趣向を体現した唯一無二の世界観を体験することができる。

現在も料理人として、そして企業案件やレシピ開発、SNSでの情報発信など、ボーダレスな活躍を見せる鳥羽氏に、まずはその原点である“sio”について、あらためてうかがった。

「もともとファッションカルチャーが好きで、特にストリートブランドは現在進行形で大好きなんですね、『SUPREME』とか『SOPH.』とか『STUSSY』とか。で、自分がお気に入りのブランドって、ぜんぶ名前が“S”ではじまってるんですよ。そこにあやかっちゃおうかなっていうのと、自分が作る料理は塩加減にこだわっていて、しょっぱくない繊細な味が多いんです。その絶妙な塩梅とか塩加減っていう意味も込めつつ、短くて覚えやすい名前ということで『sio(シオ)』に決めました。そこだけだとすげー単純な動機なんですけど、裏を言うと、ストリートブランドのショップみたいに、自分のお店にもセンスのいいひとに来てもらいたいという思いがあったんです。口コミサイトの点数ばかり見ているようなひとではなく、“あそこイケてるよね”って共感してくれるセンスいい人だけの溜まり場にしたかった。だから場所選びもそうだし、内装とか、店でかかってる音楽とか、飾ってあるアートとかにもこだわってるし、いい意味で型破りなこととか、新しいことにもじゃんじゃん挑戦していくし。常に進化しながらお客さんに新しい体験を提供したいっていうのが、自分の骨子にありますね。そこはずっとブレていないところです」

美味しいだけでは実現できない「五感で楽しむ体験」

「sio AOYAMA」の店内は前述の通り、塗りの質感が美しいタイルと木目を基調としたファニチャーによる北欧調のインテリアを基調に、照明の淡い光と、グリルで使用する薪の灯りと音が調和した優しい空間が広がる。そのなかに点在する、盆栽プロデューサー·小島鉄平氏の作品や、NYの現代アーティスト、タイレル·ウィンストンによるバスケットボールを使った先鋭的なアートピースの数かず。これらは鳥羽氏の審美眼によって集められた異なる世界観のエレメントだが、同じ空間のなかで調和し、既視感のない独創的な世界を構築。テーブルについただけでも落ち着く居心地の良さをもたらしている。


「本質である味覚の部分においては、原点回帰して料理の鮮度をめちゃくちゃ気にしていて。特に青山の店では、できた料理をできる限り素早くお客さんの前に持っていくために、カウンターの構造をうまく利用したスタイルに力入れています。お出しするまでに、できる限り工数を少なくして、盛り付けの時間も省いて、料理ができたらすぐ出す。いわば、“皿の鮮度”みたいのを大事にしていて、そのための動線も完璧に設計しています。ただ、自分が追求する“体験の価値”を構築するためには料理の味の良さだけではダメで、居心地の良さもめちゃくちゃ大事。料理の次に大事。でも、五感で楽しむ体験を提供するうえでは五感を満足させるすべてが揃っていなければだし、その先にある第六感にまで気を配る必要があるのかもしれない。だから、どうしても細かくなるんですよね。デザインでも建築でもそうだと思うんですけど、なにかクリエイティブを手がける際、目指したいゴールに対して1個でもピースが欠けちゃうと、そこからダダ漏れしダメになっちゃうみたいな感覚って、分かりますかね。ちょっとしたことなのに、その小さなネガを放置したことが原因で、まるでダムが崩壊するようにクリエイティブの全てが良くないものに転化してしまう。そうならないためにも、空間作りにおいても妥協はしないし、全体的なバランスはとても重視している部分です。おしぼりの触り心地や椅子の座り心地、持ち手に指を入れても指先が熱くならないコーヒーカップにいたるまで、細かく自分で選んで納得したものだけを使う。もちろんデザインだけではダメだし、多機能でごちゃついていてもダメ。要するに、シンプルで最適だと思えるものを選ぶ目を、細部にまでくばれるかってこと。細部に神は宿るってやつです」

いわば第六の感覚。食における「間」の追求

五感で楽しむ体験を提供すべく、五感すべての要素をベストな状態まで昇華させた上で、さらにその先にある感覚までも満足させようと考える、鳥羽氏の食体験に対する探求心。その第六感とも呼べる要素にあたるのが、「間(ま)」だ。オーダーを取るまでの間、料理を提供するまでの間、ドリンクをサーブする間、提供された一品を堪能してもらう間、食後に語らう余白としての間……。食体験のなかにある、こうしたさまざまな間を最適にセットすることもまた、顧客の体験の質を高め、満足度に直結するポイントであると鳥羽氏は語る。


「相手に合わせながらコントロールしていくのがコース料理の基本で、そこが体験価値をつくっていく。だから料理人のペースだけで勝手にやってくださいっていうことでもなくて。お客さんは気づいてないかもしれないけど、ベストなタイミングを見計らって誘導するための気配りって、実はめちゃくちゃ神経使ってるんですよ。それに、うちは単純にご飯が美味しいとか味の話じゃなく体験を提供しているので、3時間から2時間半かけて得る体験価値において時間の感覚とか間って、とても重視しているんですね。例えば、食べるのが早い人だからって何でもかんでも早く出しちゃうのは違う。3時間のコースが1時間で終わるのが、良い訳がないんです。テンポよくやりながも、『ここはちょっとワンテンポ遅らせよう』とか『そろそろ次のドリンクが欲しい頃だぞ』みたいに、お客さんが何を求めているかは常を注視して、そうしたデータが日々の業務で蓄積されることで、結果的にそれが店の雰囲気や良い間につながると思っていて。いわば食の体験における“BPM(音楽におけるテンポ)”ですよね。それが速すぎず、遅すぎず、心地いいこと。デザートだったり、食後の飲み物においても然り。『終わり良ければすべてよし』じゃないですけど、コースの最後の時間が詰まっちゃったりとか、デザートが美味しくなかったりすると、その店全体のイメージがめっちゃ悪くなるんですよね。でも、意外とこだわれてない店もいっぱいあって。料理はすごく良かったのに、なんか最後に出されたコーヒーがインスタントっぽいやつだと『うわー……』ってなりますよね(笑)。食後のドリンクはコースにおける仕上げの時間。食後に語らったりリラックスしてもらう大切な間を演出する超大事なポイントだから、めちゃくちゃこだわってます」

コーヒーだけがもたらす“積極的休息”のおもしろさ

最高の食の体験をしめくくる、重要な役割を担う食後のドリンク。もちろんコーヒーに対する鳥羽氏のこだわりについては言わずもがなで、コースメニューとの相性や本質的に美味しいと思える質、作り手の想いなど、徹底したリサーチを通じて最適解を導き出しているという。「sio AOYAMA」で扱うのは、コーヒー抽出の世界大会「World Brewers Cup」においてアジア人初の世界チャンピオンとなった、粕谷哲氏が手がける「PHILOCOFFEA」のスペシャルティコーヒー。鳥羽氏をはじめ、スタッフ全員がハンドドリップの講師から技術を会得したうえで、お店で提供している。

「本質的に美味しいものを出すのは大前提。苦味や酸味が強すぎない、食後の味覚にストレスかけずにスーッと流れていくようなイメージのコーヒーを提供してます。器に対するこだわりもそうですが、特に気にしているのは一杯の量。カップをちょっと小さめにすることで、あまり飲まない人に対しても量がプレッシャーにならないし、おかわりをしても注ぎたての新鮮な状態で楽しんでもらえるじゃないですか。店で使う器は全部自分でデザインしたりセレクトしているんですけど、コーヒーカップについては以前使っていたのに納得がいかなくて、全部作り直しました」

一杯のコーヒーに対しても緻密な計算とこだわりを詰め込む鳥羽氏。お店で提供するうえでは、食体験を構築するピースのひとつとしてのコーヒーだが、プライベートで愉しむ一杯においては、また異なる目線と価値を感じていると教えてくれた。

「飲むと気持ちをリセットしてくれる、不思議な飲み物ですよね。日々のなかで感じる詰まったところからの離脱をサポートしてくれる存在だし、コーヒーだけがもたらしてくれる休息の時間や感覚がある。その休息に対する価値のつけ方とか選択肢がめちゃくちゃ広がってて、人によってはめちゃくちゃハングリーに追求するじゃないですか。いろんなストレスがある社会のなかで、自分からこの休息の価値を選んで価値をつけていくみたいな感じ、いわば“積極的休息”としての奥深さや幅広さこそが、コーヒーのおもしろさだし、僕が魅了される理由なのかもしれません」

鳥羽周作/Shusaku Toba

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料理人
サッカー·Jリーグの練習生を経て小学校教員として勤務し、その後、料理の道へ転身するという異色の経歴を持つ料理人。イタリア料理店などで修業を重ねたのち、2018年に代々木上原にレストラン「sio(シオ)」を開業。独創的で感情に訴える料理と発信力で各業界から注目を集め、その腕はミシュランガイド東京で星も獲得している。以降、「o/sio」「sio AOYAMA」など複数店舗を展開。料理にとどまらず、レシピ開発や企業コラボ、執筆、メディア出演など活動の幅は広く、現在も“おいしい”を軸に食の価値や文化に影響を与え続けている。近著に『モテる仕事論(幻冬舎)』『すべての飲食人が知っておきたい:おいしいをつくる思考法(柴田書店)』など。