実家の元喫茶店をアトリエに改造。あるゆるカルチャーを蒐集してきたデザイナーHIROCK氏がモノで語る美学。| ハイロック





気になる豆を取り寄せお気に入りのコーヒーツールで挽き、ハンドドリップで時間をかけて淹れ、愛用のマグに注いだその一杯とじっくり向き合う。はたまた、植物に囲まれ日々手入れをしたり、遠くまで愛車を走らせて自然のなかで過ごしてみたり。人はなぜ、お金や時間を費やしてまで、こうした時間やしつらえを求めるのか。そうした時間を、人びとは何と呼ぶのだろうか。そのヒントを探り、言語化するためのリサーチインタビュー。今回は群馬県前橋市を拠点に活動するアートディレクター·HIROCKさんのもとを訪問。デザイナーであり、国内屈指の“モノ好き”としても知られる人物は、コーヒーとの時間はどうとらえるのか。
自身のルーツを拠点に。元·喫茶店のアトリエ
「遠くまでありがとうございます」と、アトリエにあたたかく迎え入れてくれたHIROCKさん。大手企業からファッションブランドまで、幅広いクライアントワークをこなすアートデイレクターであり、雑誌やラジオなどさまざまなメディアにおいて“モノ”のご御意見番として度々登場するインフルエンサーとしても注目を集める彼のアトリエは、まるでアメリカンダイナーのような佇まい。というのも、ここはかつてHIROCKさんのお母さんの喫茶店だった場所を、自身がリノベーションした空間。コーヒー豆を挽くグラインダーなども、当時のお店で使われていたものを受け継いでおり、今も現役で使っているそう。




「もともと母親がここで喫茶店をやっていたんですが、もうずいぶん前に廃業しちゃってそのままになっていたんです。8年ほど前に僕が東京から戻ってきたタイミングで、もったいないし個人用のオフィスにしようと思って、床や壁をDIYで張り替えたりしながらコツコツ作り上げて、いまのかたちになりました。唯一の喫茶店の名残は、このカウンター。ここにいつも常連のお客さんたちがいて、母親が奥に立ってコーヒーを提供していた思い出の場所です。お店は『やどかり』でした。子どもの頃は『やどかりの子じゃん』なんてイジられたりして嫌だったんですけどね(笑)。物心がついてから母親に由来を聞いたことがあるんですが、ヤドカリって成長するにつれ大きな貝に引っ越して、どんどん体を大きくしていくんですよね。母はそこに着目して、ヤドカリが家をどんどん大きくしていくように、自分も事業をどんどん大きくしていけるようにとこの名前をつけたそうです。自分の母親ながら、コピーライター顔負けのセンスだなと感心しました(笑)。思えば自分がデザインの仕事に携わっているのも、母のそういうところを受け継いでいるからなんでしょうね」


幼少期からの“ごっこ遊び”からデザインの世界へ
現在はクライアントワークを中心に、地元·前橋のカルチャーをクリエイティブの観点からサポートする取り組みにも積極的に注力。「大手企業に政治、ストリートブランド、キャバクラまで」と、その領域に壁はなく、あくまで“好きなことを、好きなようにやってきただけ”と笑うHIROCKさん。その原点は、幼少期からの遊びにあると教えてくれた。
「子どもの頃から遊ぶのが好きで、そこが今でもある種のモチベーションになっています。いわゆる“ごっこ遊び”ってやつですね。お店屋さんごっことか、お医者さんごっことか。とにかく仲間同士でいろんな企画をして遊ぶのが、ずっと楽しくて。子どもの頃はビデオカメラを親に買ってもらってカメラマンごっこをやったり、段ボールを組み合わせて秘密基地ごっこをしたり。これって誰もが通る道だと思うんですけど、自分の場合は熱が冷めずに追求しちゃうんですね。子どもじゃ作らないような巨大なお城みたいなのをダンボールで作ったりとかして。すると、あるあたりから仲間たちが僕のレベルについて来られなくなっちゃって、気づけば自分だけが続けているみたいな現象が起きはじめました。僕の親はそういう部分を認めてくれていたんですが、他の家の親や先生からは、いぶかしげな目で見られるようになって。だから、いま思うと当時は“手加減して遊んでいる”感じだったのかもしれません(笑)。勉強や野球なら全国大会のように上を目指せるのに、遊びを追求すると変な目で見られるのって、おかしいですよね。大人になるとそうした制約というチェーンも外れるし、その遊びをお金に換えられることも分かってフルスロットルで遊べるようになったわけですが、NIGO®さんをはじめ自分よりももっと楽しいことを考えているひとたちと出会って衝撃を受けて、『自分も、もっと遊ばなきゃ!』って思い知らされました。それを突き詰めていたら、現在地としてデザインの領域に立っていたという感じです」


NIGO®氏との出会いを機に、約20年ものあいだ東京·裏原宿からストリートカルチャー発信·追求してきたHIROCKさん。独立後、東京での活動を経て8年前に群馬·前橋エリアへと拠点を移動。この地で活動をするなかで地元の魅力を再発見するとともに、「おもしろい」を見つけるために自ら動き続けることの重要性も再確認したと語る。
「デザインという職業の特性上、場所をそんな選ばないことが功を奏して地元に帰って来られたわけですが、戻ってきたら群馬ってめちゃくちゃいいなって(笑)。都心に住んでいたという対比もそうだし、仕事で他県を訪れたり旅行で他の街を知ったりするほど、『僕が住んでる前橋は住みやすくていいところなんだな』と再認識できた部分もあります。なにより人が良いし、おもしろいことをしている人が多いんですね。歴史と新しい世代が生み出すカルチャーのバランスが絶妙で。そこから新しい刺激を得ることもありますし、何より『自分が動かなきゃ』という気持ちをたかぶらせてくれる。これは子どもの頃から変わらないことで、“なるべく動く”っていうことを日々意識しています。でも、大人になって歳をとるとなかなかできなくなってくるんですよね。頭のなかではすごく考えているし、おもしろいアイデアがあっていても、それを行動に移したり変化を起こしたりっていうのが、どうしても億劫になる。腰が重くなっちゃうってやつですね。それってすごくもったいないじゃないですか。だからなるべくそうはならないように日々意識をしなければいけないし、自分が良いなと思ったらすぐに取り入れるし、行きたいなと思ったらそこへ行くようにするし。そのためにも忙しくしすぎないようにしたいのですが、仕事の量や時間の流れは自分だけではコントロールできないもの。忙しさ理由にしていては何もできないから、それを超越する衝動が必要となる。前橋は、そんな衝動を与えてくれる場所でもあるわけです」




仕事の根底にある、「相手を喜ばせたい」という想い
現在は前橋市内にオフィスを構え、デザイン業と社長業をこなすプレイングマネージャーショップとして多忙な日常を送るHIROCKさん。オフィスの一角にあるショップ「Chopstix(チョップスティックス)」では、自身が世界中から集めたアイテムを販売。そのユニークなラインナップが話題となり、都内など多くのエリアから人が集まるハブスポットとしても注目を集めている。そして何よりも目を引くのが、オフィスのあるロケーション。古いデパートのワンフロアをそのままリノベーションした空間は、コレクションしてきたアイテムや作品が点在するアートギャラリーのよう。まさに“HIROCKワールド”と呼ぶに相応しいこの空間もまたひとつの作品であり、異なるトーン&マナーのアイテムが点在するにもかかわらず、不思議と統一感が感じられる世界観からは、アートディレクターとしての手腕の高さが感じられる。
「職場のなかをエスカレーターが走るこの感じ、デパートだった場所だからこそつくれる景観でとても気に入っています。オフィスは自分の仕事をあらわすショーケースでもあると思うので、レイアウトも年中変えていますし、そういう意味では完成型もありません。空間作りにおけるルールや方程式のようなものも意識していなくて、正直に言うと無意識のなかで仕上げた空間なんです。自分の好きなものに囲まれて仕事をしたり遊んだりするのが好きなので、とにかく僕が『好きだな!』と思えるモノだけを配置しています。ただ、しいて挙げるとすれば『機能的であること』は重視していますね。雑多なように見えても、ファンクショナルであることは業務のしやすさや仕事の速度感において、非常に大切だと思っています。だから社内には撮影スタジオも併設していますし、本格的なTシャツ用のプリンターなども設備して、サンプルやカンプをスピーディーに仕上げられる体制は欠かせません。速度感のあるコミュニケーションもまた、お客様に対する信頼につながるので」

在庫の整理やデータの管理まで、業務に付随する細かな仕事術においても、独自の整理·整頓術が光るHIROCKさん。今ではスタッフ間においてもその意思は受け継がれながら進化を遂げ、より機能的に管理される体制が構築されている。
「チームのルールを自分のものにすると、いずれルールに縛られてやっているという感覚は薄れ、自然に体が動くものだと思うんです。いわば、スタイルですね。そこまでやっていかないと本当の意味は出てこない。自分のためではなく、お客様や相手のための取り組みでもあるので、そこにも正解はありませんし、日々進化するものでもあるんです」
オフィスの空間づくりにクリエイション、チーム内のルール策定についても語ってくれたHIROCKさん。その根底にあるのは、「相手を喜ばせたい」という真心にあるという。
「子どもの頃の遊びも、アートディレクターとしての仕事も、相手がいてこそ。その人の想像の上をいくクリエイションを生み出して、目にしたひとに喜んでもらいたい。ただそれだけなんですよね。本当にシンプルな動機なんです。僕としてはまだ何も成し遂げていませんが、人に喜んでもらえるこの仕事に就けたことや、尊敬する先輩たちのもとで経験を積めたこと、大きな企業と取引をできたことなどを思うと、夢としてはいろいろ叶ったなと思っていて。だから、今後は僕が築いたこの環境を利用して、ついてきてくれているスタッフたちが僕と同じような素晴らしい経験をして、喜びに変えて、地域や社会に役に立つっていうところまで持っていけたらいいかなと思っています」
コーヒーは、相手ありきのコミュニケーションツール
相手への思いやりをクリエイティブ制作の原動力とするHIROCKさんにとって、その感覚は、自身のコーヒーとの向き合い方においても同様。「コカ·コーラと並んで、コーヒーは僕にとって特別な飲み物」と語るほどのコーヒー好きでもあり、長年さまざまなコーヒーやカフェを楽しんできたなかで、歳を重ねるにつれ、その感覚は自分のためのコーヒーから相手ありきのコーヒーへと変化したと語る。


「コーヒーを淹れるとき、少し前までは温度を気にしたり抽出する時間気にしたりと、“科学として、どうしたら美味しいコーヒーが淹れられるのか”に集中していた時期もありました。でも、今は本当にそういう感覚は薄れて、もっと肩肘を張らず、良い意味で適当にコーヒーを楽しむようになりました。それと当時に生まれた感覚として、コーヒーを飲み物としてではなく、その場を楽しくするための道具として捉える目線も手に入れました。僕にとってはインスタントでもスペシャルティコーヒーでもよくて、ただ人に対して淹れてあげたくなるんですよね。この感覚って、なぜなんでしょうね(笑)? やっぱり、喫茶店に立つ母親の姿を見てきたからでしょうか。お客さんに美味しいコーヒーを提供して、そこでお話が弾むあの感じって、素晴らしいことだなって。素晴らしいものを提供して喜んでもらうって、デザインでももちろんそうで、人を喜ばせたり驚かせたり、相手の感情を動かすことって、すごいことだと思うんですよね。結局は僕、人を喜ばせたいんですよ」
ハイロック/HIROCK
アートディレクター·デザイナー
NIGO®氏に師事し、「A BATHING APE®」のグラフィックデザイナーを経て独立。約20年の間“裏原カルチャー”の前線で培ってきたセンスに磨きをかけながら、現在はアートディレクター·デザイナーとして、ロゴやグッズ、アパレルデザイン、空間デザインなど、さまざまな領域で活躍中。そのセンスはモノ選びにおける審美眼としても発揮され、自身の情報サイト『HIVISION』を通じた雑誌での連載やラジオ出演など、国内屈指の“モノ好き”としても注目を集めており、雑誌GQ発『GQSHOP』のゲストキュレーターにも選出されている。近著に『I LOVE FND ボクがコレを選ぶ理由(マガジンハウス)』など。